おめでとうを伝えない母の誕生日

今日は母の誕生日

わたしと母はずっと仲が良かった。

 

もちろん何度も怒られたし

わがままも言って

ケンカもして

 

でも去年、

わたしが母と接するときに

自分に無理していることに気づいた。

 

本当はずっと気づいてて

みないふりをしていたこと。

 

良い子ぶって

母が嫌な気持ちにならない

わたしでいようとしてて

 

それをやめようと思った。

嫌なことはいや

 

過去のことも

飲み込んでしまった

辛さ悲しさを

 

母に伝えた。

 

同時期

わたしがお金のことで母に迷惑を

かけたこととも相まって

 

今母とは没交渉中

 

今年は直接

母へのお祝いは伝えないことにした。

 

「今のわたしでは母は嫌なんだ」

 

その気持ちを

”わたし”が持ってるから。

 

もしかしたら母は

どんなわたしでも

愛してくれるのかもしれない

 

でも今のわたしが

そう思えていない。

 

「母は条件付きでしか

わたしを愛してはくれないんだ」

 

それがわたしの

心の根っこに

どうしてもあって

 

それは母とのことだけでなく

そもそもわたし自身が

わたしの価値を認められていない

 

今そこに向き合っていて

 

自分がそこから抜け出すまでは

母には何を言っても伝わらない。

 

そうわたしが感じているから。

 

母の問題ではなく

わたしの問題として。

 

今わたしは

自分史の激変期を迎えていて

 

環境、仲間

性格、ビジネス

 

これから

全てが変わっていくし

もうかなり変わった。

 

その過程で

ブレインダンプ

という作業をしている。

 

まだ途中だけど

 

過去の自分の体験や感情を

吐き出すと

 

幼少期のわたしの記憶は

「嫌だった」

「辛かった」

のオンパレードで

 

わたしの中の

わたしを否定し

 

低くしか評価できないわたし

がまだいた。

 

もういなくなって

どんな自分も受け入れて

 

”いるつもりで”

過ごしていた。

 

今ここから

抜けるタイミングに来ている。

 

なんとなく

「惜しいな」

「もう少しだな」

 

そう感じている自分がいる。

 

来年は

母の誕生日に母と

美味しいものを食べに行く

 

そう、今決めておこう。

 

 

 

 

 

浅岡 麻梨亜公式LINE@